夏の名残りの薔薇|恩田陸|現実か記憶の改ざんか。山奥のクラシックホテルに集められた金持ちたちの間の不穏な空気が物語を包むミステリー

夏の名残の薔薇

2020年8月に発売された新作、「スキマワラシ」が話題になっている恩田陸さんですが、今回紹介するのは山奥のホテルでのある一族が主催するパーティーが舞台の不穏なミステリーです。

あらすじ

一代で栄光を築き上げた沢渡グループの関係者たちが年に一度山奥のとあるクラシックホテルに集められます。先代亡き後は、彼の三人の娘がホステスとなり、毎年の秋のこの豪華なパーティーは続けられています。

“あの贅沢な監獄には、三人の女が待っている。嘘つきな女たち。自分たちの生活も、他人の生活も、嘘のタペストリーに織り込んできた女たち。だが、本当に罪深いのはあの中の一人だけであることを私は知っている”

この主題の文章だけでもゾクゾクしませんか?今から不穏な空気の漂うゴージャスなホテルに向かい、事件に巻き込まれてしまうんだというドキドキ感に包まれます。

このホテルで起こる関係者の変死事件。それは真実か虚構か。それは、人々の屈折した心境や強い嫉妬などが絡まり合う不思議な世界に踏み込んでからのお楽しみです。

感想

真実を隠すための虚構

このパーティの主催者である三姉妹は、真実と虚構を織り交ぜたグロテスクな小話を食事の時にし、それが一つの見世物になっています。真実を隠すために嘘を織り交ぜているのだと思いますが、これがどこまでが嘘なのか分からず、かなり不気味です。

そして、彼女たちだけではなく、真実を隠すために登場人物たちはたくさん嘘をつくので果たして何が本当なのか分からなくなります(笑)人間って案外そういうものかもしれませんけれど。その混乱がまた面白くてはまっちゃいました!

聡明でミステリアスな桜子のファンに…(笑)

私がこのお話で非常に好きな登場人物がいて、それが桜子なんですが、共感してくださる方がいたら嬉しいです。コケティッシュという言葉がよく似合う女性。聡明で理知的。艶っぽくそれでいて柔らかい。とても魅力的な女性なんです。

彼女の「あたしは何かを望んだことなんかないわ。人の望みを知るのが精いっぱいで」という冷ややかな言葉がとても印象的でした。恩田さんは登場人物にあまりお気に入りというのはないということでしたが、私はどっぷり桜子のファンになりました(笑)

記憶の改ざんの中のミステリー

この物語は、「去年マリエンバードで」という記憶の変容を扱う映画が主軸に置かれています。この映画において、ある男は、ある女性のありもしなかった逢瀬をしたと語り、してもいない共に旅立つ約束をしたと言い、女性はそう思い込み、最後は共にゆく決心をしてしまいます。

クラシックホテルに集められた人々も、その映画と同じように、各々の心にあるわだかまりや強い葛藤から頭の中で書き換えた記憶、生み出した記憶をさも現実に起こった出来事であるかのように語っていきます。

読者からすると、一つの事件なのに様々な結末を迎えていて、論理的にかみ合わない部分があるので混乱するかと思いますが(私は混乱しました笑)、記憶の中で自由に何でも起こりうるストーリー展開はとっても楽しめました。

記憶の改ざんは誰もが自然と行ってしまうことであると私は思いますが、それは、同じ出来事や言葉でも人によって全く解釈が違うことも意味しているし、また、人は自分の都合のいいように過去をとらえようとする節があるということも語っていると思います。

語り手がバトンを渡すように次々に代わる

恩田陸さんのミステリーでは、本作の他に「三月は深き紅の淵を」が好きなのですが、恩田さんのミステリーは、語り手がバトンを渡すように次々と変わっていくものが多いので、必然的に全員の視点から事件への捉え方を見ることになり、その上で真相に迫っていくスリルを味わうことができるという独特なところがあると思います。

杉江松恋さんのあとがきにもあったのですが、三人称多視点が多用されており、「誰もが誰かを監視している」ことになるのです。

すると、全員の視点から見られると同時に、全員が客観的に見られることになるとも言え、「推理小説特有の特殊性を持つ人物がいなくなる、そしてそれを使った叙述トリックが恩田さんの目指すところではない」と杉江さんは言っています。

犯人を含め、全登場人物の内面に深く入り込んでいるのに、なかなか犯人を見破ることができないという一見不可能に思えることが恩田陸さんのミステリーでは起るのです。「夏の名残りの薔薇」においてもそこは非常に楽しいポイントの一つでした。

やっぱりクローズド・サークルは楽しい

また、この作品もですが、恩田さんの話はクローズド・サークルのミステリーが多いですよね。犯人がこんなにも絞られているのに分からないドキドキ感と、閉塞的な不穏な空気感の中で疑心暗鬼になる様子も本格ミステリーという感じでたまらないです。事件が起こった理由、罪を犯した理由というのが明らかになってゆくところもただのトリックではなく、人間らしい心理描写を巧みに感じる恩田さんの作品ならではだと思います。

恩田陸さんのミステリー、皆さんもお手に取ってみませんか。

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