現代社会の問題をミステリーで描く
なぜ、4人もの人がマンションの一室で死んでいるのか。
都内にある高層マンションの一室で発見された中年の男女と老婆の遺体、そして、ベランダから転落した若い男。彼らは一体誰なのか。誰が殺人を起こしたのか。彼らはなぜ死ななければならなかったのか。その「理由」を、事件解決後に改めて一つの作品とするため、事件関係者一人一人に取材していくというドキュメンタリー的手法で描くミステリーです。
バブル崩壊後の日本で問題となっていた裁判所の競売物件の取引のスキを突いた俗に言う「占有屋」と呼ばれる人々による犯罪がこの一つの事件の原因の一つであり、当時の社会問題を内面から鋭く突く社会派ミステリーとも言えます。
宮部みゆきさんが描く「家族」はすごい!
その一方で、「家族」という存在の温かくも煩わしくもある部分をたくさん描いている人間ドラマ的側面も多分に含んでいます。この作品の中心にあるのはあくまで一つの事件なのですが、その事件には本当に多くの人々とその家族の人生が関わっています。その一つ一つの“不幸な家族”が抱える問題がこの事件の謎を紐解いていくうちに露わになっていったり、良い方へ向かったり逆にこじれてしまったり。そこを読むのもこの作品の大きな楽しみの一つと言えます。
宮部みゆきさんは家族を描くのがとても上手い作家さんだと個人的に思っています。そんな宮部みゆきさんが、家族の間の微妙なすれ違いやぶつかり合い、兄妹の間だけの秘密の共有、周りから見た家族と当事者が互いに抱く感情の違いなど、家族の温かい部分は温かく、しかし、難しい部分は、冷酷にメスを入れて語るので、非常に面白いです。事件の真相を知りたい!と思うのももちろんですが、たくさんの家族の物語がぎゅっと詰まったような作品であるともいえるのです。
人間の「自由」と「孤独」
犯人がどうして殺人を起こしてしまったのか。その理由は最後の最後にならないと分かりません。しかし、その「理由」にこそ作者が伝えたいことの本質の一つが隠されているのではないかと思います。作者がはっきりとは述べていないので明確なところは分からないですが、私は、「人間は元来孤独なんだ」ということに心から気づいてしまう恐怖が描かれているのではないか、と解釈しました。
犯人は自分の親という存在、家族という存在が信用しにくい状態であったためにそれに気づきやすい状態でした。だから、その孤独である絶望をずっと抱えていた。それが犯行の要因の一つだったのではないか、と思うのです。そして、そんな風に人間は、いざということになると自分のエゴのことだけを考えて、それを通すならどんな手段も辞さないというある種異常な状態になってしまうという悲劇も克明に描いています。
しかし、少年の「僕も、おばさんたちを殺すようになってたのかなって思う」という言葉に非常にどきりとするわけですが、傍からみたら“異常”なその行動は、実際に、犯人と同じような絶望感に対面し、当事者となったときに、果たして恐ろしい怪物がなした悪事だ、と自分とは異次元のものとして見ることが本当にできるのでしょうか。文中では、少年の疑問に、近い将来、我々は必ず答えることができるようになるだろうと述べられています。
人間が、あらゆる家族的な関係性の中で模索する「自由」と、「自由」に近いようで遠いような、一方で同一であるともいえるような「孤独」。この二つについて考えさせられる作品だな、と感じました。
皆さんはどう解釈するでしょうか。
文庫本で700ページを軽く超える読み応えたっぷりのお話ですが、作者が作品に込めるものの深さにぐんぐん引き込まれて夢中になって、あっと言う間に読んでしまいました。直木賞も受賞している宮部みゆきさんの「理由」。ぜひ読んでみてください!
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