熱帯|森見登美彦|一冊の本からすべてが始まる。本好きにオススメの一冊!

熱帯

謎に満ちた小説、「熱帯」の正体とは

沈黙読書会。それは、1人1冊謎を抱える本を持ち寄って、その謎について語り合う会です。会場である住宅地の奥にひっそりと佇む二階建ての洋風のお店に足を運ぶと、まるで不思議な物語の入り口に立たされたような謎めいた雰囲気が漂います。そして、実際に、そこでは、「熱帯」という世にも珍しい小説から始まる不可思議な世界への扉が開かれるのです。

「熱帯」は、「誰も読み終わったことのない」奇妙な小説です。この本を読んだことがある人は皆、「記憶喪失をした状態で小さな島に打ち上げられていた若い男」「魔術によって世界と人々を創造し支配している魔王」「魔王の秘密を明かそうと島に何度も上陸する楽団の男たち」「魔王へ世界を創造する魔術を授けた満月の魔女」と、断片的にはこの小説の中身を思い出せるものの、途中からその記憶は曖昧になり、いくら彼ら同士で話し合っても、一つの物語は浮かんできません。その小説は一冊しかこの世に存在しないようで、見つからず、しかも、作者である佐山尚一は、ある年の節分祭を境に行方不明ときています。

「熱帯」を過去に読んだことのある人々は、定期的に集まり、その謎を解こうとまるで「熱帯」に憑りつかれたように四苦八苦します。すると、そこで見えてきた「千一夜物語」との繋がりと、彼らのうちの一人が残した「私の『熱帯』だけが本物なの」という謎めいた言葉が「熱帯」の世界へと主人公を誘います。

「この世界のあらゆることが『熱帯』に関係している」

魔術によって創造された「熱帯」という世界を巡る人々の物語。本作は、誰かの語りの中で誰かが語り、またそれを誰かが語っていくというマトリョーシカのような構造でありながら、最後には冒頭の「沈黙読書会」への入り口に再び戻ってくるというなんとも魅惑的な作りになっています。

一冊の本が導く不思議の国の扉を、読書好きのあなたなら、きっと開いてみたいと思うはず。

誰もが一つの物語の中を生きる

“ある事柄は折に触れてよみがえり、たとえ長い歳月が過ぎても、昨日のことのように思いだせる。しかし、べつの事柄は、日なたに置かれたメモのように早々と色褪せ、すぐに思い出せなくなってしまう。そのようにして歳月は我々の混沌とした記憶をふるいにかけ、ひとつの「思い出」へと作り変えていくのである。(本文より)”

“そもそも人間は解釈という名のレンズを通して世界を見る。何らかの理由でそのレンズが歪んだり傷つけられたとき、奇妙な世界が立ち現れてくるのです。それは陰謀論の形をとるかもしれないし、病的な妄想の形を取るかもしれない。いずれにせよ、その世界を見ている本人からすれば、それは現実そのものなのです。(本文より)”

 

この文章を読んだ時、おお、これは恩田陸さんの小説でよく表れている「ただ一つの真実は存在しない。すべては解釈によって歪められている。」という考え方に近しいものだ!と思いました。違うところと言えば、森見登美彦さんの場合、誰もがその人の創造(想像)した物語を生きているのだという解釈があるような気がします。そして、その作者の考えは、本作、「熱帯」に現れてくる登場人物たちにも色濃く反映されています。

 

きっと誰もが自分の作り上げた物語世界の中を日々生きている。この本のページを繰ればそんな思いになって世界の見え方が変わるかもしれません。不思議で癖になる森見登美彦ワールドの世界へ皆さんもぜひ。

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