あらすじ
ある女性はマンションの屋上から飛び降り、別の女性は地下鉄の線路へ飛び込み、そして、三人目の女性はタクシーの前に飛び込みました。一見すると、共通点は、どの被害者も綺麗な若い女性であることくらいで、誰もが別個に起こった悲しい自殺であると認識していました。けれど、その共通点に気付く人が何人かいて…。
“私は他人を意のままに操ることができるのだよ。信じられないかもしれないが、できるのだ。”
彼女たちは本当に自ら命を絶ちたいと思っていたのか。三人の死の背後には同じ魔の手が忍び寄っていたことに、タクシー運転手の甥、日下守は気づいていました。彼は、4人目の被害者を防ぐことができるのか。
個性豊かな登場人物たちが送る最後の最後まで油断できないサスペンス。日本推理サスペンス大賞受賞作。
感想
孤独な少年を取り巻く温もりのある人々
サスペンスとしての魅力はもちろんですが、主人公である守を取り巻く人々の温かさにとても魅了されました。
「両手いっぱいに自分のものを持っていて、他人の目にはどんなに貧弱で変わったものに見えようと、一向に気にせず微笑んでいる」同級生の陽一や、「そうか。じゃ、やってみな。やりたいと思ったら、できないことなんかねえよ」と嬉しそうに話す守の大切な友達、じいちゃん。「なんかワケありげだけど、ま、あんまり深刻に考えんなよな。学校なんか行かなくたって死にゃしねえからよ」と何でもないように接してくれるユーモアたっぷりのバイト先の先輩、佐藤に、「教育なんてしち面倒くさいことを飽きもせずにやってるのは、蛙の子が犬になったり馬になったりするのを見るのが面白いからだ」といつものように大真面目な口調で話す、融通は利かないけれど決して曲がったことはしない体育教師、岩本先生。
守は父親の事件や母親の突然の死、叔父さんが人を轢いてしまった事件と、身に降り掛かる不幸の中で、孤独になったり、年齢に見合わない諦めの入った悟りのある目を持ってしまったりしたけれど、そういったちょっと変わった温かい人々に恵まれて育っていきます。
サスペンスとしての申し分のないスリルと、そんな人間の暖かみが両立している作品でした。
手に汗握るサスペンス!正当な裁きは必要か。
死んでしまった女性はすごくすごく死ぬことを怖がっていたのにどうして死んでしまったのだろう。そして、なぜ三人目の女性はそこまで自分の死を恐れていたのだろう。この作品のタイトルは「魔術はささやく」。そう。魔のささやきによって彼女たちは知らぬ間に死を選択していました。罪を犯した者が正当に償わなかったのだから、この手で裁く。魔の手はそうやって、彼女たちを裁いていったのです。背景にあるリアルな社会問題と、この現実離れした演出のギャップがサスペンスとしてのスリルを倍増させます。
また、そこで終わらないのがすごかった!主人公である守が、最後は裁く側に回るシーンが、まさに手に汗握る場面でした。彼は、自分を心から憐れんだ憎むべき人を裁くことができるのか。最後の最後までスリル満点でした。
最近、宮部みゆきさんの暖かみのあるキャラクターと一つの事件を巡る秀逸なストーリー性のバランスに魅了されております。
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