満願|米澤穂信|人間のどうしようもない運命を描き、ざらり、どろりな結末が虜になる短編集!

満願

本作は、色とりどりのミステリー短編6編から成っています。満願は、「このミステリーがすごい!」、「週刊文春ミステリーベスト10」、「ミステリが読みたい!」で三冠を取った話題作です。今まで読んできたミステリーとは一味違った魅力に惹きつけられます。ここでは、それぞれのあらすじと魅力をご紹介します。

 

あらすじ

「夜警」では、ある交番に勤務するベテラン警察官、柳岡が主人公です。彼の部下として勤務することになった新米警察官、川藤が、殉職したというエピソードから物語は始まります。柳岡は、川藤が、警察官としてやっていくには危うい性格であるということを勤務初日の態度や、その後の些細な行動から見抜いていました。けれど、結局、一人の部下を失うことになってしまった。川藤は本当に“市民のためなら自らの命を投げ出す英雄な警察官”だったのか?死ぬ間際に言った「上手くいったのに」の真意とは?こうせざるを得なかった警察官の悲劇を描きます。

 

「死人宿」では、ある男が、昔の恋人を訪ねるために、彼女が働く山奥の温泉宿へと向かいます。その男は、自分が自分の常識の中だけで思慮の浅い対応をしてしまったあまりに、恋人を窮地から救うどころか追い込んでしまったことを詫びるため、その宿を訪れるのでした。しかし、不気味なことに、その宿は、「少し降りると火山ガスを吸って楽に死ねる」という死にたい人たちの間では“噂の名湯”でした。男は元恋人ともう少し話すためにその宿に宿泊することにします。そこで彼は、遺書を発見するのです。その遺書を書いたのは誰なのか。彼は改心した想いを彼女に伝えることができるのか。どんなに願ってもどうしようもない現実があるのだ、と最後にざらりとした感覚を残す作品です。

 

「柘榴」は、ある美しい中学生姉妹の官能と戦慄の物語。二人の姉妹は一方は凛々しく美しい少女、もう一方は、愛らしく可憐な少女。二人ともそれぞれに危ういのではないか、と思わせるくらいの魅力を持っています。彼女たちは、しっかり者でやはり美しい母と、柔らかな雰囲気が人を魅了するが定職につかず、色々な女の元を渡り歩いているような父と共に暮らしていました。両親はやがて、離婚をすることになり、彼女たちも親権について考えねばならなくなります。さて、美しい少女たちの最後の決断とは。最後にどろりとしたエロスを感じさせる展開になるところが魅惑的なお話です。

 

「万灯」では、商社マンとして15年間も海外に赴任し、数々の修羅場をくぐり抜けてきたはずの主人公が絶体絶命の状況に追い込まれる危機を描いています。本作は、「私は裁かれている」という絶望的な幕開けで始まります。最初の時点で、どうして彼は裁きを受ける状況になってしまったんだ、とまず気になりますよね。読み進めると、自身のプライドをかけ、また、職務を全うするという責任感のもと、彼は大きな罪を犯してしまうことが分かります。彼にとっては、そうするしかなかったといえる諦めに近い結末と、神様は見ているんだぞ、というような残酷な運命が待ち受けるラストが圧巻です。

 

「関守」では、“交通系都市伝説”のページを任されたライターが、不可解な事故死が続くカーブ道がある山奥の街へ取材に出かけます。彼は、そのカーブ道にほど近い場所にあるドライブインによって、一休みすることにしました。すると、そこで一人で店を切り盛りするおばあさんが事故についての手掛かりをたくさん知っているということが分かります。これはしめたものだと彼は、こっそり会話を録音し始めます。やがて、おばあさんの話は雑談のようになっていき、そろそろ引き上げたいと思っていたところで、恐ろしい事実に直面してしまうのです。最後にゾクりと背筋が寒くなる怪談のようなミステリー。

 

「満願」では、「もういいんです」と殺人を起こしてしまった女が、きっぱりと控訴を取り下げる衝撃的な場面から始まります。彼女は、弁護士である主人公が学生時代に下宿としてお世話になっていた家で夫婦で畳屋を営んでいました。いつも穏やかな彼女が、「矜持を失ってはなりません。誇りさえしっかと胸に抱いていれば、どんな不幸にも耐えられないということはありません。」ときっぱりと主人公に伝える場面がとても印象的で、この言葉に物語の真相が隠されているように思います。凛とした彼女の強い決意と意志が驚きの結末を呼ぶ秀逸な作品です。

 

感想

こんなミステリー短編は読んだことがなかったです。大きな事件が中心にあってそれを解決する名探偵がいるのでも、日常に潜むミステリーを解決するゆるりとした楽しみ、可笑しみのある短編でもなく、「これってミステリーなのか?」と思うような、どのジャンルにも分類することのできない極めて斬新な作品集であると感じました。不思議なのが、読んでいくと、「この作品はミステリーです!」と主張する部分がないのに、いつの間にか、「なぜこうなるんだ?」という問いが自分の頭の中を占めるようになり、それが知りたいから読み進めてしまうということです。つまり、「さあ、ミステリーを読むぞ!ワクワクだぞ!」って感じで読むんじゃなくて、気づいたら伏線に満ちた文章を知らず知らずのうちに読んでいて、はてなマークでいっぱいになった頭を「そういうことか!」ってすっきりさせたいから読むみたいなお話なんです。あまりにも自然に引き込まれるといいますか。

しかも、それで終わらないすごいところが、結末が「うわー、なるほど、そういうことか!」って納得して終わるだけじゃなくて、最後にどろり、ざらり、そんな苦い味わいを残していくところがあるのがたまりません。人間の仕方がない、どうしようもない、こうせざるを得なかった、そんな運命や感情の機微を巧妙に描いているというのがすごいです。

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