ままならないから私とあなた|朝井リョウ|人間らしさとは何か。無駄にこそ宿る?

ままならないから私とあなた

あらすじ

幼馴染の薫と雪は、昔から異なる考え方を持っていました。薫は、無駄なものをそぎ落として、効率性を求めて生きています。一方、雪は、一見無駄なこと、遠回りなことにこそそこでしか出会えない価値があると考えます。薫は、どこまで「ままならないこと」が起きないよう自分を、他人をコントロールして生きていくのか。雪は、「ままならない現実」をどう受け止め、生きていくのか。新しいものを受け入れて、生み出して、便利になった世界を享受する一方で、「自分らしさ」とは何か、自分にしかできないこと、「人間にしかできないこと」、「人間らしさ」って何なのかという壁に直面します。

対照的なものに価値を見出す2人。変わりゆく世界で違うものを大切にする親友が行き着く先はどこなのでしょうか。色々なものがAIで代替可能になっていき、効率の良さを追い求める世界で生きる現代の人々にこそ読んでほしい激押しの一冊です!

 

感想

意味がないこと、無駄なこと、非効率的なこと、人間性、暖かみ、新技術では解決できないこと、そういうことにこそかけがえのないものが宿る。雪の心の中のモヤモヤは、ずっとそういう想いを抱えています。一方薫は、そういう雪が大切にしているものは小さいときから省いてきました。

友達と仲直りすること、ライブ会場で長時間並んで手に入れる限定グッズ、雪が飽きもせず繰り返しているピアノの練習、薫がこの先役に立たないからと受けない水泳以外の体育の授業。雪が大切にしているその人じゃないと、その場所じゃないとできないことです。

一方、それは、薫にとって意味がないことで無駄なこと。新しいものを生み出して、新技術でできないことができるようになって、効率的になって、生産性が増して、最初は抵抗があるとしても、それを受け入れて人間は今まで生きてきたし、これからも生きていく。もっと人と人との繋がりがあった時代って暖かみがあったと昔の人は言うけれど、スマホがない時代やSuicaがない時代、地図アプリもなくて、Skypeもなくて、インターネットもない時代、色々なことが不便だった過去の時代に戻りたいか、戻れるかと言われればそうはいかない。そういう効率性の上がった便利な世の中を享受しているのに、それを自分の価値を否定されないように都合のいいところだけ揚げ足をとって批判するなんてずるい、と薫は思います。

どっちが正しいとかじゃない。この二人の価値観の違いは、現代を生きる人々が抱える心の不安、揺れ動きを表していると思います。時代が進むに連れて、人にしかできないことなんて、自分にしかできないことなんてないんじゃないか、と不安になります。
私にしか書けない文章、私にしか弾けないピアノ、私にしか作れない料理、おふくろの味、偶然、運命。そんなものはなくなっていくだろうし、誰でもどこでも今の時代、それらをコントロールして生み出すことができてしまいます。「ままならないもの」がどんどんなくなっていく安心とそれによって生まれる自分自身の存在価値を否定される不安を抱える私たち。
私には、世間の人々が、自分の価値を、生きる意味を見出すことにみんな必死に見えます。人と違うことが当たり前でその違いがあったからこそ自分や他人が愛しかった世界はどんどんなくなっていき、自分と他人の違い、人と人じゃないものの違いがない世界が広がる今をどうやって生きていけばいいのか皆、迷っています。その人々の悩みを「ままならないから私とあなた」は表現してくれています。心にぐさりとささる表現ばかりです。

ただ一つ言えることは、自分が思い通りにコントロールできないこと、これからもきっと難しいこと、それは人間関係だということです。どんなに効率性を求め、無駄なものを切り捨てる薫にも、雪子の役に立ちたつためにプログラムを開発したいという思いがありました。人が人へ抱く感情は何ものにも代えがたい。愛情も、怒りも喜びも悲しみも憎しみも、すべてが愛しい。私が君にしか抱かない感情、君としかできないすれ違い、君にだけ感じる体温、あのとき、あの場所で君と出会ったから感じる胸の鼓動の高鳴り。そこにある「人間らしさ」、「私らしさ」。

 

それまでもこの世の中では淘汰されていくのでしょうか。未来から考えたら古い自分は、それを寂しいと感じています。でも、その新しい世界をなんだかんだで受け入れ享受してゆくはずです。それが、いいことか悪いことは分からないけれど。

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