まち|小野寺史宜|自分の大切なものを見つめて歩む

まち

群馬県片品村で暮らす瞬一は小学三年生のとき、火事で両親を亡くしました。その時不在だった瞬一は助かりましたが、轟々と家を燃やす火を幼い目に焼き付けてしまいます。そんな傷を負った少年と共にずっとその後傍にいて一緒に生活してくれたのは、じいちゃんでした。

じいちゃんは、山の麓から山小屋の方へ重い荷物を背負って運ぶ歩荷というお仕事をしていました。毎日自然の中を力強く進むじいちゃんを見て、瞬一も、歩荷をしたいと思うようになります。

しかし、じいちゃんは言います。

「瞬一は東京に出ろ。東京に出て、よその世界を知れ。知って、人と交われ。」

そうして瞬一は高校卒業後、故郷を出て、東京で暮らし始めます。瞬一は、コンビニや引っ越し屋でバイトをしながら、アパートの隣人と会話を交わしながら、いつの間にか東京での生活に馴染み、じいちゃんの言った通り、最初は思いもしなかったような人と交わり、自分を見つめ、成長していきます。

日々の繰り返しの中で、一見些細なことでも、ひとを強くすることができたり、誰かを救うことができたりする。まちのような大きなものは守れないけれど、ひとを、大切だと思える人を守れる人間になりたい。

今となっては居場所となったこの大きな川の流れるまちで、ひとと関わり合いながら、瞬一は、少しずつ前へと進んでいくのです。

地に足をつけて毎日を懸命に生きる

この物語のじいちゃんの言葉に背中を押されたり、自分の生き方を考え直してみたりする方は多いのではないでしょうか。

じいちゃんは歩荷という仕事をしており、毎日毎日どんな日でも自分の足で歩んで、物を運んできました。たんたんとした退屈な日々を繰り返しているように思えますが、これは決して簡単なことではありませんし、同じ道でも毎日変わる自然の景色や天候を楽しむのが歩荷というお仕事の魅力です。

これは、じいちゃんの生き方そのものであり、また、そんなじいちゃんを心の中で尊敬する瞬一の生き方でもあります。

周りに流されることなく自分の好きなこと、自分の信じること、自分の大切なものに真っ直ぐに生き、ぺらぺらとは話さないけれど、芯に一本筋が通っているような優しい強さを持っている2人。どんな困難があっても、どんな過去があっても、地に足をつけて、毎日を懸命に生きる。

そして、そのささいな毎日を大切にし、その日々の中で、また自分の信念や大切なものに出会い、それを育んでいく。じいちゃんに多くのことを教えてもらった瞬一の東京での生き方は、まさに歩荷として山の中を力強く進んでいくじいちゃんのようです。

大切な人を守れる人間になれ

瞬一は、いない自分を探して焼け死んでしまった両親に責任を感じていました。でも、じいちゃんは、それに責任を感じることはないと言い切ります。

瞬一が生きているということが一番いいことだと。両親は瞬一を見つけられなかったとき、きっと「良かった。瞬一はここにいない。生きてる。」って思ったのだと。

そして、「二人のことをただ誇れ。知恵子さんも紀一もお前を守れる人間だった。そういうことだからな。」と言います。

私、このじいちゃんの言葉にすごく感動しました。そして、瞬一が、両親のように、そして、じいちゃんのように大切な人を守れる人間になっていくのがまた、力強くって好きです。

新たな僕の「まち」での出会い

瞬一は、「ただやることが大事なんだよ。いちいち理屈をつけたりしないでさ。やっちゃえばいいんだ。そうすれば、なんだって身にはなるんだから。」とゆったりと心に染みる言葉を伝えてくれる下に住む得三さんや、小さなことがきっかけで何かと頼られるようになってきたお隣の敦美さんと彩美ちゃん、いっつも真っ直ぐすぎる性格で困ってきたアルバイト先でできた友達、万勇など、色んな人と出会いながら、自分の足跡を振り返ったり、先への進み方を考えてみたりします。

この小説の登場人物たちは大切なものを心にぎゅっと持っている強い人が多くて、それが瞬一目線で語られるからなのか分からないけれど、すごく魅力的です。この本を通じて、この人たちに出会えてよかったと思える人たちばかりです。

 

目の前のことに追われて自分を見つめ直すことができず疲弊している皆さんにぜひおすすめしたい一冊です。

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