黄昏の百合の骨|恩田陸|百合に囲まれた洋館に次々と起こる不吉な出来事の正体とは

黄昏の百合の骨

あらすじ

丘の上に佇む古びた洋館で一人の老女が転落死しました。その洋館には彼女の孫である高校生の理瀬と、彼女の二人の叔母がひっそりと住んでいました。

絶対的な祖母の死により揺らぐそれぞれの心。祖母が誰にも明かすことなく死んでしまった「ジュピター」という謎の存在を巡る憶測。お互いに何かを隠し、誰が何をどこまで知っているのか疑心暗鬼になる不穏な雰囲気。途中からは理瀬の従兄弟である亘と稔も帰省し、怪しい空気を充満させながらもどうにか表面上は平穏を保っていた彼女たちの日常がガタガタと崩れていきます。

追い打ちをかけるように起こる理瀬の同級生の失踪や、動物の不審死、原因不明の事故死が彼女たちの間に潜む謎を少しずつ明らかにしていきます。

どうして祖母はいつもこの洋館のあちこちに百合の花を飾り、洋館を百合の芳香剤のような香りで充満させたのか。相次ぐ不審死や失踪の原因は一体何なのか。理瀬は自分の身に降り掛かる危険を回避することができるのか。

嫉妬、憎悪、愛情など様々な人間同士の感情がぶつかり合い、絡まり、恐ろしいものへと豹変していくサスペンス&ミステリーです。あなたは悪の世界に足を踏み入れることができますか。それとも、ひょっとして、多くの人々と同じように、既に悪の世界の入り口を覗いているのでしょうか。

感想

洋館にとって絶対的存在であった祖母は理瀬にすべてを託した?

いつどこで自分の話し声が盗聴されているか分からない、百合の匂いが不穏に充満する洋館の一室で不思議なオーラを放つ二人の叔母と暮らす理瀬はとても芯の強い、静かで、深い魅力のある女の子だなと思いました。
彼女がここに住み始め、色々とこの魔女の家と呼ばれる洋館の不可思議な点や祖母の転落死の謎を詮索し始めることからすべては動き出したように思います。

祖母の遺言には、「理瀬を半年以上住まわせてからでないと、この洋館は処分してはならない」ということが書いてあったということから、祖母は、理瀬というこの著しく大人びて聡明な女の子がそれだけ住めば、祖母の「ジュピター」の存在にどうにかして辿り着き、その後始末についても、信頼して頼めると思っていたということなのでしょうか。

最後の最後に理瀬を守ってくれたのが祖母の形見であったように、祖母は何もかもお見通しで、死んだ後も、ずっと家を見守り続けてきたのではないか、と考えました。やはり、この洋館はなくなるまでずっと祖母によって支配されていたし、祖母の周りの人々の心も離れないようにしておいたということなのでしょう。

善に生きるか、悪に生きるか。両者は交われないのか。

さて、この聡明な少女ですが、暗くて深い世界の住人でもあります。彼女によってなされる善悪に関する描写が本作には何度も登場し、それがこの小説の一つの魅力であるとも思います。

悪はすべての源なのだ―善など、しょせん悪の上澄みの一部に過ぎない。悪を引き立てる、ハンカチの縁の刺繍でしかないのだ。でなければ、善がいつもあんなに弱く、嘘くさく、脆く儚いことの説明がつかない。

その悪の生み出す血を引く者が祖母であり、父であり、その血を継ぐ自分も…と理瀬は考えます。この言い方が正しいかどうかは別として、とても面白い考え方だと思いませんか。善悪の境をはっきりと決めることは不可能だし、すべきでないとは思いますが、少なくとも、私が普段思う以上に世の中を悪と呼ばれるものが支配する部分は大きくて、それがなければ善も存在しないのではないか、とも考えられるのです。

理瀬と、「上澄みの幸福な一滴」であり、「光の中」を歩いていける青年実業家であり従兄弟である亘が、互いを想い合っているはずなのに、相いれない、分かり合えない様子がもどかしく、とても残酷に感じられました。訣別を決めるところの描写がとても力強くて好きです。

ミステリーとして、もちろん読みごたえアリ!!

そして、この小説は、ミステリーとしても、もちろん非常に読み応えのある作品です。トリックがあります、はい、それが名探偵によって解決されます!というTHEミステリーという感じではありません。

演技力には自信があるという登場人物たちが平静を装いながら何かを企んでいたり、きっと仕組まれていると疑心暗鬼になっていたところで、思いがけず、論理性のない感情的で人間の本性が丸出しになった行動が襲い掛かってきたりと、人間の負の感情によってどんどん物語の糸口が見えてきて、結末に向かっていくというようなミステリーです。

結末もはっきりとしたものではないため、それも読者の想像力を掻き立てます。恩田陸さんにしか書けない文章だと思います。

 

「三月は深き紅の淵を」から始まるこのシリーズ。この本単体でももちろんお楽しみいただけます!ぜひ、読んでみてください!

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