あの日の交換日記|辻堂ゆめ|文章の力を借りれば何者にでもなれる

あの日の交換日記

あなたは交換日記をしたことがありますか?私は本作のタイトルを見たとき、小学生のころに友達としていたのを思い出してとても懐かしくなりました。口では言えない秘密を日記をしている仲の良い子だけに共有するというちょっぴり危険な体験は、私たちの絆を深めたものです。好きな子の話、日ごろ感じている不満、日記をしている子たちだけに交わされる約束。今考えると、神聖であり、また、危うさも含む体験だったなと思います。

 

今はインターネットが普及し、SNSを介して誰とでもすぐにやりとりできるようになったので、小学生にだってこの文化はもう昔のものになっているのではないでしょうか。しかし、その物語に出てくる人たちは、そんな時代に敢えて、手書きの交換日記という手法を使って、コミュニケーションをとります。嘘、殺人予告、告白。普通に生活していたら形にならなかった心の叫びが意志をもって紙の上に現れます。あなたなら、どういう返事をしますか。そして、彼らが綴る文章に隠された真意を読み取ることができますか。驚きの結末と感動が待ち受ける7つの物語。そして、それぞれの物語は緩やかに繋がっていきます。

 

気鋭の若手ミステリー作家、辻堂ゆめさんによる、温かい物語。きっとあなたも誰かと交換日記をしてみたくなります。

 

感想

“光り輝いているようでいて、影がある。
濁ったようでいて、透き通っている。

真実は嘘になり、嘘は真実になる。

その隙間に、私やあなた自身が見え隠れする。”

 

文章には、直接対面で話すのとはまた違った良さがあります。対面で話せば、その人の表情やしぐさや声の調子を感じることができるから、その人を理解する要素が多いのは事実です。しかし、その分自分自身を隠すのは難しく、どんな虚構を述べたって、自分は自分自身から抜け出せないのです。一方で、対面だと本音をさらけ出すのもまた難しいように思います。自分と全く違うものになることも、自分の奥深くの本音を吐き出すことも対面だと難しく、非常に限定的な他者視点の自分のみが、対面のコミュニケーションの中には存在していると思います。

 

文章で内面を表現することによって、もちろん表情も見えず声色も分からないからその人を理解するための要素は少ないけれど、その分、何者にだってなれるし、紙と向き合いながらするコミュニケーションであるため、他者から見た自分を対面のときよりも意識しなくて済むので、自分の本音をさらけ出すことも容易にできます。より深く、また、より広い自分自身を相手に伝えることができます。それに、文章でのやりとりでは、すぐに返事を返す必要がありません。そのため、一度相手の想いを咀嚼してじっくり考えてから、自分の想いを言葉に載せて返すというより深い意思疎通ができます。このゆっくりさが、現代社会においては蔑ろにされているものであり、だからこそ、流されない心にずっと残り続ける言葉を渡す力を発揮するコミュニケーション方法なのかなと思います。ここに文章でのコミュニケーションの良さがあり、交換日記の良さがあります。

 

この物語には、一人の女教師が始めたそんな時代遅れの交換日記という文化が思わぬ形で受け継がれ、それによって築かれた人間関係が少しずつ繋がっていく様子が描かれており、驚かされました。また、驚かされたといえば、一つ一つの話に含まれている文章だからこそできるトリックに、毎回意外な真相を明かされ、ワクワクしたと共に、さすがミステリー作家だ、心が温まるだけで終わらせない楽しさがある、と嬉しく思いました。

 

大切な人に、どうしても普段言えないこと、でも伝えたいことを心にしまっておくのではなくて、文章の力を借りて想いをぶつけてみるのもいいな、と思わされたお話でした。ぜひお手に取ってみてください。

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