小暮写眞館|宮部みゆき|一枚の写真から始まる優しく切ない現代ミステリー

小暮写眞館

小暮写眞館(上)

あらすじ

ごく普通の高校生、英一と少し変わり者の彼の家族が引っ越したのは、古い店舗付きの一軒家でした。その名は「小暮写眞館」。

どうして新築ではなくわざわざこんな古びた家をローン付きで買うのかと嫌気がさしつつも平凡に暮らすはずだった英一のものへ小暮写眞館と関わる一枚の不気味な写真が持ち込まれます。

その写真には、ある女性の泣き顔が写っていて…。写真の中の彼女はどうして泣いているのか、そして、どうしてこんな不可思議な写真が出来てしまったのか。「こんなところで、わたし、泣いてた」。その写真に秘められたある女性の悲しい出来事とは?

やると決めたらとことんやる心優しく真っ直ぐな英一は、その謎を解き明かすため、友人のテンコやコゲパンと共に調査に乗り出します。2編の写真を巡る謎を解くお話が詰まった小暮写眞館(上)。ファンタジーやヒューマンドラマ要素も満載の優しく切ない現代ミステリー。

感想

このお話って一見穏やかなミステリーなのですが、時折入り込んでくる物悲しい雰囲気や英一がどうしても、心霊現象や写真に撮影者や被写体の強い想いが写りこんでしまう「念写」という非科学的な現象に興味を持ってしまう背景に、彼の幼くして亡くなってしまった妹の存在があります。ささいな日常を描きつつも、その中に生と死、死後の世界を考えさせられる要素が入っているお話なんです。

“科学は科学で尊重し、その恩恵に浴しながらも、人は、写真という記録媒体に「霊」が写ることもあると信じたいのだ。部分的な思考停止である。…それはたぶん、このスイッチが、今では唯一、日常の中で死後の世界の実在を信じることと、深いところでつながっているからではないのか。死がイコール無ではないことへの信頼。”

この主語は、「人」ではなく、「オレ」だと語り、不可思議な心霊写真の調査依頼を引き受けてしまう英一のやるせない想いが伝わってきます。

英一の家族がお世話になったST不動産の女性が「自殺未遂」としか思えない行動をしてしまったときも、彼女はいつも愛想が悪くて気に入らなかったけれど、英一は、気にせずには、行動せずにはいられず、「死ぬなよ、絶対死ぬな、生きているということはどんなに辛くてもそれだけで幸せなことなんだ」という気持ちを感じさせるような行動をとっていきます。

“あれは自殺行為だったって、本人に認めさせてしまってはそれが現実になってしまうから、また、迷惑かけてって、こっちがいかにも気づいていないように振舞って、でもずっと面倒を見る。”

そんなふうに話す、彼女の面倒を見るST不動産社長やその社長の話を心に留めて、「走ってくる電車を、正面から見られる場所。日本中の鉄道のどっかに、そういう場所があるはずだから、聞いてきて、あんたに教えてやる」(だから、もう二度と線路に降りるな。)って彼女に伝えた英一の優しさに、その奥に潜む幼い妹の死への悲しさに胸が打たれます。

このお話の別の魅力として、英一の親友で歯科医の一人息子、テンコや、顔が黒くてコゲパンというあだながついている強く優しいさっぱりとした同級生の女の子、寺内との関わり合いがあります。英一は、テンコを変わり者の親友として認識しつつも、自分にない何もかもを持っていることに少々引け目を感じているところがあります。でも、そんなテンコが英一の「弱みが弟しかない」ような温かくて強い人柄の魅力を一番理解していて、そう思われていることに英一はちっとも気づいていないのがほほえましいです。

ほほえましいといえば、「外道に外道の愉悦あり。」と語り、趣味として庭での野宿を楽しむような変わったテンコの父ちゃんもです。大好きだな~。

また、辛く消えない過去を持ちながらも、「いくら“コゲパン”って呼ばれても傷つかない」って言えるくらい強くなった寺内の英一の心の核心をつくような発言一つひとつも物語の見どころの一つです。“心で腕相撲”するみたいに英一の心情を見抜いちゃうし、なかなか鋭い。その鋭さと、強気な潔い行動力を兼ね備えているんだから本当に格好いい。

豊かな登場人物たちと不可思議な写真から始まる謎を解き明かす悲しくも温かい展開。ぜひお手に取ってみてくださいね。

 

小暮写眞館(下)

あらすじ

下巻は、「カモメの名前」と「鉄路の春」の二話で構成されています

「カモメの名前」では、二枚の写真を巡る謎を英一と英一の弟、ピカが解き明かしていく話です。一枚目は、フリースクールに通う子供たちのお誕生日会の写真に不自然に映っていた黄色いカモメのキャラクターが不思議な写真。そのカモメが表す意味を探ります。英一は、フルースクールでアルバイトをしている鉄道研究会の友達たちに聞き込みをしたり、そのカモメが登場するという映画からヒントを掴もうと奮闘したりします。ここでは、ST不動産の事務職の女性、垣本順子がとってもいい役割を果たします。

二枚目は、小暮さんの霊が写りこんだ写真。これは、ピカが解き明かしていこうとするのですが、ピカの中には一人では抱えきれぬわだかまりがあって、それを解消するために危険も顧みずに幼いながらどんどん行動してしまいます。この一枚をきっかけとして、英一の家族皆が抱えるわだかまりが解けてゆき、前へ進むきっかけとなっていきます。兄弟の絆、英一とピカの優しさと強さと深みを、軽やかな筆致の中に感じられます。「鉄路の春」では、垣本順子と英一の二人の関わり合いや、抱える大きなものを二人で乗り越えてゆく温かく勇気づけられるストーリーが展開されます。

おっきい事件が起こるわけじゃない、でも、日常にありふれていることだからこそ、考えさせられるし、温かい結末に勇気をもらえる作品です。宮部みゆきさんのテンポが良くて心地よい文章と思わず「離れたくない!」と思ってしまう世界観。ぜひ、ご賞味あれ。

感想

上巻で、幼い妹の死の存在が漂っているという話をしましたが、下巻ではその存在がどんどん大きくなっていき、それがメインテーマとなっています。家族が風子の死にずっと責任を感じ続け、ずっとわだかまりが解けずにいたのが、小暮さんの存在や写真に関する調査、垣本順子との関わり合い、素敵な友人たちとの何気ない日常などを通じて、そのわだかまりを解いてしまう。勇気を持って、英一が、家族が前に進んでいく。そんな英一の優しさや葛藤、チャーミングな突っ込みやピカに対する愛情があらゆる文から感じられて、すっごく温かくてすっごく切なくて、すっごく勇気をもらえるお話でした。

中でも、英一の可愛くて小賢しくて、人生常勝将軍の弟、ピカの存在に大きな焦点が与えられるのですが、そのピカが幼いながら抱える大きなものの存在にとても苦しくなりました。ピカは風子にどうしても会いたくて、一人で小暮さんに会おうとして色んなところに出かけたり、悩んだりしていて、とっても辛い。でも、そんなピカに英一がやっぱり「お兄ちゃん」として不器用ながらも歩みよって、包んでゆく場面にとても感動しました。兄弟の絆に胸が打たれます。

宮部みゆきさんは、時代ものや社会派の重いミステリーが印象に強いですが、こういった軽やかな日常のお話が私は大好きです。でも、そこで終わらない。だからさすがなんです。風子が死んだのは誰のせいでもない。でも、みんな、自分のせいだと思ってる。その息苦しさが普段は皆心にしまっているものの、露わになってしまう。だから、この話は、一見、「平凡な日常の中に起こる軽い事件を愉快に解決していく現代ミステリー」だと思いきや、その心の重いものを家族みんなが乗り越えて進んでゆく一本の道筋が物語の中に通っていて、メッセージ性がとても強い話なんです。

個性豊かで温かいキャラクターと温かさの中に勇気を貰える強いテーマがある物語。とってもオススメです!

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