あらすじ
心霊探偵、濱地健三郎のもとには、死者の呪いや祟り、執念の存在、つまり怪奇的な理由なしには原因が分からないような出来事に悩み、藁にも縋る思いで、探偵事務所の扉を叩く人々が集まってきます。
濱地は、信頼できる助手、志摩ユリエと共に、死者の声に真摯に耳を傾けながら、ときには優しくときには厳しく、事件を解決していきます。浮気性の夫がうなされている原因となる女性の存在が一体誰なのか、どうして夫を苦しめ続けているのかを探る「見知らぬ女」や、順風満帆な恋愛を堪能していたあるカップルの片割れがあるときから彼女に連絡を取ろうとするたびに根拠のない嫌悪感に襲われるようになり、その原因を怪奇的なものではないかと調査してゆく物語、「あの日を境に」、ある邸宅の一人息子が最近ずっと家にいることを気味悪がり、体調も思わしくないことに不安を感じ、濱地に相談に来てみると、一家の中の歪んだ関係とある亡霊の存在が明らかになった「霧氷館の亡霊」など、この小説には、七作の短編が収録されています。
ミステリと怪奇が織りなす、本格ミステリとはまた違った魅力を持つ有栖川有栖の新シリーズ。皆さんも濱地とユリエとスリル満載の冒険に出かけませんか?
感想
「論理的なトリックと謎解きの推理小説じゃないものに触れてみたい」という方や、「夜眠れない、みたいなホラーは読みたくないけど、でも怪奇小説には興味がある」という方、ぜひ本作をお手にとってみてください。この小説は、まさにミステリと怪奇のマリアージュ。ミステリが好きな方もホラーが好きな方も、はたまたどちらも初挑戦だという方も、皆さんに楽しんでいただけるお話です。
落ち着きのある30代にも、若作りをした50代にも見えるダンディなスーツに身を包んだ年齢不詳の男、濱地健三郎は、刑事でも天才学生でも医者でもなく、まさに探偵を生業とする頭の切れる「THE 名探偵」といった印象で、その設定にワクワクしてしまいました。
より一般の人々に近い助手のユリエの視点から描かれる等身大の思いや恐怖、冒険に高揚感を覚える様子は、読者の心も躍らせます。心霊現象が次第に見えるようになってきたユリエは、“自分を包んでいる時間や空間が前よりも広く、深く感じられるようになりました。慣れ親しんできた現実の世界は見えない世界と重なっているんだなぁと。”と語っています。生と死、死者の存在について考え、触れる機会が増えたユリエは、“目に映るものも不可視なものも、自分も含めた何もかもすべては素粒子が結合してできた実体のない現象だ、と思うと言い様のない不安がこみ上げてくる。この宇宙に移ろわないものが何もないとしたら、儚すぎるではないか。”と戸惑ってしまうことも。普段は怖くて避けてしまうような話題だからこそ、そう考えていくと、私も深くて暗くて恐ろしい気持ちになりました。最後のお話では、特に奥深い考察が多いです。
濱地は幽霊という存在を一つの現象として冷静に受け止め、未知のことだからといって慌てることはありません。「分からない」ことはたくさんありますが、その「分からない」ことをきちんと受け止めてありのままを受け入れる濱地は、対人間に対しても、きっとすごく寛容で、話にも丁寧に耳を傾ける人なんじゃないかなーと勝手に尊敬しています。実際ユリエの話も心の奥できちんと解釈している場面が見受けられますし。もし次回作が出るなら、少しずつこのミステリアスで、でもとても優しい濱地のことをもっと知れたらいいなーと思います。
ちなみに、事件の依頼人が階段を上って探偵の事務所にやってくるというシーンは、あのシャーロック・ホームズに憧れた著者が描いてみたいと思い、実現したものであるということ。そんな作者のあとがきを読むのも面白いです。
有栖川有栖さんのミステリ×怪談の新しい作品。ぜひお手に取ってみてくださいね。
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