神様の暇つぶし|千早茜|ひと夏の甘くて苦しい恋にとてつもなく苦しくなる!

神様の暇つぶし

「全さんはわたしのすべてでした」

あなたはその人が自分が生きる世界のすべてだと思うくらい人を好きになったことがありますか?そういう恋を経験した人、またそういう恋の真っ最中の人、忘れられない人がいる人は共感する部分の多い作品だと思います。こんな苦しい恋はしたくないと思いつつも、これほど誰かを好きになれるということに羨ましさを感じますし、これほど主人公、藤子を「どうしようもなく女にする」全さんの魔力は恐ろしいけれど魅力的です。

あらすじ

父と二人暮らしだった大学生、藤子は事故で突然、そのいつも自分を無条件に愛してくれた父を失い、何事にもやる気を失ってふとんから出られないような生活が続きます。そこへ、突然、腕から血を流した父親より年上の男が現れます。彼の名は廣瀬全。有名な写真家で、父の幼馴染でした。

士気色の肌や血色の悪い唇。荒っぽいのにとてつもなく優しい笑顔とその目尻の皺。その日から、二人は一緒にご飯を食べるようになります。電車に乗って旅行もしました。藤子は全さんの前では泣いたり怒ったり笑ったり忙しい。当たり前のように全さんがいる日々。

しかし、そんな時間は長くは続きません。ひと夏が藤子を変えてしまいます。彼女をすっかり女にした全さんは突然消えてしまう。彼女に深い傷を残して。

感想

いつか消えてしまうのかも?胸が苦しくなる言葉がたくさん

読んでいてこれほど胸が苦しい本は久しぶりでした。千早さんの本は、客観的に楽しむということがどうもできなくなります。主人公が体の内側に感じるとげが私の心もチクチクと蝕んで痛い。それくらい言葉が真っ直ぐ体に入り込んできます。

次第に盲目的な恋愛の沼から抜け出せなくなっていく藤子の焦燥感や虚無感、絶望感がひしひしと伝わってきます。きっと捨てられてしまうという不安や永久にこんな日が続けばいいのにと思いながらも、今日明日にもふらっと自分の前から消えて、どこかへ行ってしまうんじゃないかという不安が胸に押し寄せてくるのが苦しい。関係を経つこともせずに消えてしまう全さんが憎いし、ちょっとしたことで全さんがいた日々へ体が戻る自分に驚く。そうやって、藤子の内側をかき乱してゆく熱い恋を、千早さんの言葉を通して、間近に感じることができます。

全さんの魔力に狂わされる

荒々しいのに優しくて、この人にふと身を預けたくなってしまうような全さん。ふらふらとどこまでも一人で、気づいたらいなくなっていそうな怖さを持ち、でも心の底ではきっととてつもない愛情を欲している全さん。彼の魔力が凄まじい。

藤子は、この人にしか見せない表情があったり、普段は嫌味たらしく余裕たっぷりなのに、あるときに見せる余裕のない表情や甘えるしぐさを見て、守りたいと思ったりする。どんどん深みにはまっていくところが狂おしい。

きっとすべてが愛おしい

全さんの血色の悪い唇やごつごつした大きな手。いい匂いというわけじゃないけれど安心する匂い。この本で描かれる全さんは、決して綺麗なものだけじゃありません。大学生と60近い全さんの関係は「気持ち悪い」ってそんな風に友達に言われることもありました。

でも、藤子が全さんに感じるものは紛れもない愛であるし、強い恋心でした。人によって感じ方に差があるかもしれませんが、私は、全さんのことを描写する藤子の言葉(筆者の言葉)は直接的なのにすごく温かいし、綺麗も汚いも関係なくそういう些細な仕草や癖、体の特徴全部を愛しいと思ってしまうという気持ちも分かるから、生々しい描写でも共感する気持ちが強かったし、ぐんぐん引き込まれました。

 

きっとあなたも引き込まれるし、苦しくなる。ひと夏の甘くて苦しい「神様の暇つぶし」をぜひ味わってみてくださいね。

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