あらすじ
「二億円用意しろ。さもなくば、主演女優を殺す」
舞台は帝国劇場。著名な劇作家が突如仕事を降りることになり、来月に既に前売券完売の大舞台を控えた劇場の者たちは大混乱。そこで、元劇作家で、現在推理小説家である紳一郎が演出を、その元妻であるハルが脚本を務めることが急遽決まり、ようやくなんとかなりそうだ、というところで、開演直前に劇場にかかってきた一本の脅迫の電話。ただのいたずら電話だと一蹴し、今はそれどころじゃないんだと相手にしなかった者もいたものの、不可解な連続殺人が起こる。思いがけない殺人犯の正体とは?犯人の内に秘めた思いとは?華やかな舞台の裏の愛憎劇をユニークな筆致で描いたエンターテイメント要素満載のミステリー。
感想
有吉佐和子さんと言えば、「恍惚の人」や「複合汚染」など社会問題を考察し尽して大作を書き上げるというイメージや、劇作家のイメージが強かったのですが、「悪女について」に続き、唯一のミステリー小説である本作を読んでみました。
演劇の世界の裏で起こっている一つの舞台を売り出すまでの数々の人の努力や苦悩、実力だけではない様々な要素が相まって築かれる崩すことのできない序列や恵まれない者の悲劇、若い役者の大きな大志と熱意、舞台に立てばこの人にはやっぱり叶わないと誰もが魅了される天才女優と超実力派の熟練歌舞伎俳優が織りなす日中戦争時の中国を舞台とした迫力満点の演劇など一つの「演劇」、そして演劇界を色んな視点から躍動感満載で描き出した小説です。
そのため、「ミステリー」という一言で表すと物語の醍醐味は伝わりません。いや、もちろん、ミステリーとしても仕掛けが見事に回収されていくさまは素晴らしく、すっごく楽しめるのですけれども、人間ドラマの要素がそれに勝って面白いんです!
私には、ミステリーというよりも、演劇の舞台裏で起こる人々の愛憎劇というところに主軸が置かれているように感じました。これが、普通ドロドロしたものになったり、嫌な後味になったりしそうなものなのに、物語に登場する天才女優のことを「彼女は天才的な女優だと今でも思っている。偉大な人間は、しばしば欠点もまた偉大なんだ。」というように欠点でさえ、ユーモアに富んだ筆致で描かれているために、最後の最後まで楽しくエンターテイメントとして読めてしまうところがすごいです。場面が切り替わる度に舞台の暗幕が下りて、次の場面が始まるようなエキサイティングな展開が、まるで本当に舞台を観ているようでとっても面白かったです!
特に、八重垣光子と勘十郎がアドリブ上等で演じる舞台が魅力的です。「やっぱりスターはこうでなくっちゃ。」というような人物像で、光子なんて人を踏み台に平気な顔でのし上がる嫌な奴なのに、観客も読者も虜にしちゃうんですよね。自分は女王だって分かって振舞うところが、ここまで突き抜けるとカッコいいというか。
それに、彼女だけじゃなくて、もちろん他の登場人物たちもとても素敵なんですよ!有吉さんが描く女性は、いつも艶っぽくてなまめかしくて、多くは語らないけれどしたたかな人が多くて、それが風流でとても好き。男性に関しても紳一郎のキャラクターがとてもハンサムなんですよね。少なくとも雰囲気は(笑)食事やコーヒーへのこだわりも、気取っているわけじゃないのにお洒落だし。
終わりに
また、後書きで川嶋至さんや末國善己さんは、物語には有吉佐和子自身を映し出したようなキャラクターが何度も登場し、彼女の身振り、表情、言葉遣い、生き方を彷彿とさせると話しています。私は有吉さんに関する知識が恥ずかしながらあまりなかったのですが、こんな人だったのか~なんて作者像を思い浮かべながら読むのもとても面白いですね。
昭和の大ベストセラー作家の傑作ミステリーに、令和を生きる皆さんも酔いしれてみてはいかが?
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