海辺のカフカ(上・下)|村上春樹|ただ「生きる」こと。

海辺のカフカ

孤独な15歳の少年は旅に出る

少年は歪んだ世界から抜け出そうと決意し、家出をしました。向かった先は四国。どこへいくあてもなく、少年は自由であり孤独でした。

そんな彼は高松へ降り立ち、ある資産家が開いた私立図書館「甲村記念図書館」へ興味をそそられ、その図書館で暮らすようになります。その図書館の館長である美しくもどこか諦観した雰囲気を持つ佐伯さんという中年の女性と、さっぱりとした清潔感のある様子の中性的な美しさを持つ若い男性助手、大島さんに出会います。彼らと関わり合いながら、少年は自分自身と向き合い、自分の内にある乗り越えなければいけないいくつかの課題を乗り越える旅へ出ます。「生きる」意味は分からないけれど、それでも少年は死者との記憶を抱えて、そして、自然を身に感じながら、生きていくことにします。

多くのものを人間は損ない続けるし、諦めなければいけないことも、どうすることもできない運命もあるけれど、それでも「生きる」。そのことについて考えさせられる作品でした。

二つの軸の重なりが面白い

このお話は二つの軸で進んでいきます。その軸が最初は繋がりが全く見いだせないものの、次第に重なっていきます。一つの軸は、前述した通り、15歳の少年が家出をして四国へ旅に出るお話。

もう一つの軸は、中野区に住むナカタさんというおじさんのお話です。ナカタさんはまだ小学生だった戦争中に不可思議な事件に合って意識を数週間失った後、体こそ元気に回復したものの、それまでの記憶や読み書きの能力を一切失ってしまいました。ナカタさんはそれから障害者として知事さんから金銭的支援を受けながらもたった一人でゆっくりとその日その日を一生懸命生きてきました。しかし、ナカタさんはひょんなことから人を殺めることになってしまい、その日常はがらっと変わり、西へ西へと、荒々しくも優しいトラックの運ちゃんと共に逃げてゆく(向かっていく)ことになりました。彼らが行き着いた先は少年と同じ四国。ナカタさんにはしなければいけないことがそこにあり、その時になればそれが何なのか分かります、と言い、運ちゃんに助けられながら彼の使命を全うすべく進んでいきます。

ナカタさんの使命とは何だったのでしょうか。こちらの軸では、彼ら二人の奇想天外ですがどこか和やかな旅路を楽しむことができます。そして、少年の人生の軸との思いがけない繋がりも読みどころです。

シンプルでお洒落で哲学的な文章

文章はとてもシンプルなのにどこかお洒落。すっかり村上春樹さんの文章の虜になってしまいました。特に、少年と大島さんの会話は教養に富んでいて洞察が深く心地よいです。例えば、

“もしほんとうに自由を与えられたりしたら、たいていの人間は困り果ててしまうよ。覚えておくといい。人々はじっさいには不自由が好きなんだ。”

大島さんはこんな風に彼なりの世界や人間の捉え方を少年に伝えていきます。正しいか、正しくないかはわかりませんが、大島さんの考えは常に説得力のあるものであったし、捕らえ方がシンプルで新鮮で私は彼のフレーズのいくつかがとても気に入りました。

とにかく生きること

生きる意味が分からなくなることってありませんか?昨今は市場価値という言葉が蔓延っていますが、考えれば考えるほど、自分が生きている価値なんてないと思うこともあります。でも、この物語に多く登場するように、自然や地球という大きな規模で考えてみると、そもそも生きるのに意味なんて必要ないんじゃないかと思えてきます。ちっぽけな一つの人間が短い生を全うして死んで自然に帰る。自分なんてそんな大したことない代物なんで、懸命に丁寧に毎日を生きる。ただそれだけでいいというような気がしてくるんですよね、この本を読んでいると。(笑)

トラックの運ちゃんも言うんですよ、「人は生きるために生まれてきたのに、どうしてそこに意味とか見出し始めなくちゃならなくなって消耗していっちゃうんだろう」って。(本当の文章はもっときれいです。これは私の解釈です(笑))

下記は本文引用で、これもとても好きな文です。

“僕はいったいなんのためにあくせくとこんなことをしているのだろう?どうしてこんなに必死に生きていかなくてはならないんだろう?

でも僕は首を振り、外を眺めるのをやめる。百年後のことを考えるのをやめる。現在のことだけを考えるようにする。図書館には読むべき本があり、ジムにはこなしていくべきマシンがある。そんな先のことを考えたってしょうがないじゃないか。”

そう、だよな。そう少年と共に思える文章です。

本作には、これ以外にも「生きること」についての問いと考察が自然な形で織り込まれていて、それが大きな魅力の一つです。

最後に

想像することは非常に大きな意味を持つ。自分の目で世界を見ることが何より大切。一見当たり前のように思えることでも実感として自分では全然できないない大切なことを、「海辺のカフカ」では、素敵な世界観の中で教えてくれます。

 

世界で一番タフでなければならない15歳の少年の短いようで長い、長いようで短い冒険のお話。ぜひ読んでみてください!

2 件のコメント

  • 人は生きるために生まれてきたのに、どうしてそこに意味とか見出し始めなくちゃならなくなって消耗していっちゃうんだろう

    これすごくささります

  • 共感してくださって嬉しいです。
    私自身そうやって消耗しがちなので、
    村上春樹さんの言葉にはっとしました(*´ω`)

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