この世のすべてはノンフィクション
恩田陸さんの作品ではよく語られることですが、本作でも、真実なんていうものは存在しないんだというメッセージが色濃く読み取れます。
ノンフィクション?あたしはその言葉が嫌い。事実に即したつもりでいても、人間が書くからにはノンフィクションなんてものは存在しない。ただ、目に見えるフィクションがあるだけよ。目に見えるものだって嘘をつく。聞こえるものも、手に触れるものも。存在する虚構と存在しない虚構、その程度の差だと思う。
本作でもこのようなセリフがあるように。
ただ一つの事実なんてこの世には存在しない。何事も一人間が偏見や先入観に満ちた感覚で捉えて、己が紡ぐ言葉で綴ったことなのだからもうそれはその人の創作でありフィクションですよね。だからこそ、世界は捉えどころのないもの・理解できないことで溢れているのだと思います。
本文にもありましたが、歴史上の出来事もそうですよね。誰かが誰かを排除するために殺したとかいう陰謀論や、政治権力を握った彼女は中国史の上では三大悪女の一人だとかいう伝説めいたこととか、公式の文書や伝記として記述が残っていて、それが教科書なんかにも載っていたりしますが、その時、その行動を起こした理由やその時その当人が考えていたことなんて、当の本人にしか分からないはずです。すべては、過去の出来事を未来の私たちが創作したフィクションである。
私は恩田陸さんが色々な小説で描くこのような考え方がとても本質的で好きなんです。
名家を襲った大量毒殺事件を複数の証言者の視点から語る
さて、本作品ですが、K市の名家で起こった大量毒殺事件の真相を数十年の時を超えて探っていくお話です。複数人の当時現場に居合わせた人や事件の捜査に関わった人々が証言者となって彼らが思う「真実」を語っていきます。しかし、最後にはっきりと「犯人は〇〇だ!動機は〇〇だ!」と分かるような話ではなくて、むしろ、読み進めるうちに、色々なことが分かってくるのですが、分かればわかるほどに謎が深まっていき、最後まで事件の本質がベールに包まれたような感じで終わる、そんな作品です。
一つの事件についての証言者の記述によって成り立つ物語というのはいくつかあり、このタイプの本が、私はとても好きです。例えば、有吉佐和子さんの「悪女について」もそうでした。一人の女性のことを皆言っているはずなのに、食い違う発言が面白い。この食い違いが現実の私たちの中でもたくさん起こっていると思うとますます面白いです。
美少女が放つ存在感に魅了される
「ユージニア」では、このような面白さに加えて、名家のただ一人の生き残りである家主の孫娘の圧倒的な存在感があると思います。事件の真相を探る話かと思いきや、いつの間にか、美しく聡明で、何もかもを見通しているような神秘的な彼女の謎を解き明かしていくお話へと変化しています。
彼女が見えている世界、感じている世界は一体どんなものなのか?百日紅の白、真っ青な部屋の意味とは?彼女にとっての理想郷、「ユートピア」の意味とは?彼女の存在が物語に奥深さを与え、深淵な世界観を築いていると感じられます。
おわりに
「ねえ、あなたも最初に会った時に、犯人って分かるの?」
「そう。分かる。
こんな体験は初めてだが、今俺は、最初に見た瞬間にあの事件の犯人が分かった。」
あなたが捉えるこの事件における真実は何でしょうか。全貌が分かるのはきっと彼女だけなのでしょうが。
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