あらすじ
主人公、神名葵は、自分の描きたいものを描くために、イラストレーターとして日々仕事に勤しんでいます。そんな神名は、関係の冷え切った恋人の彰人との同棲生活を送りながら、自分勝手な愛人、真司と時に抱き合うという生活に苛立ちながらも、それを止められずにいました。
そんな神名のもとに、大学時代をずっと共にした男ともだち、ハセオから突然電話がかかってきます。ハセオは、甘くて苦い雰囲気をまとう長身の男。色気があってモテる。女癖が悪い。でも、いつも時間を共にしていた神名とは一度も関係を持ったことがありません。どんなときも掠れた声でくだらない冗談を言いつつ、神名の傍にいるだけです。
神名とにってのハセオ、ハセオにとっての神名は、恋人でも愛人でもなく、特別な存在であり、永遠のともだちなのです。かつてずっと傍にいた特別な二人が、今久しぶりに出会ったら?ハセオとの出会いによって自分らしさを見つめ直し、生き方が変化していく神名の強い意志が美しい小説です。
感想
恋愛に関する負の感情に共感の嵐
「神名は身勝手で、自分のことしか考えていない」、「恋人が何もかもしてくれて、それでいて色んな我慢をしていることに気付いているはずなのに、相手の事情を考えないで文句をいうなんて薄情すぎる」と、神名を非難する声も出るのではないでしょうか。
実際、私もそんな感情を抱きました。浮気することに全く罪悪感を抱かない神名は、自分の信念を貫くためなら、周りを傷つけることも厭わない、人間的に褒められたものではない人物だと思います。
しかし、そんな神名に共感してしまう部分もあるんです。そして、その恋人彰人にも、愛人の真司にも、神名の友達、美穂にも。彼らのすべてに共感するわけでもなく、すべてを批判するでもなく、あ、私にもこういう感情がある、こんな風に傷つけてしまったこともあったし、最近だってこんな風に怒りを我慢したり、迂回した方法でしか感情を伝えられなかったりしたな、とか思うんです。
例えば、仕事の泣き言や不満を相談事として受け止めて、自分の意見を考えて助言したり、労をねぎらう言葉をかける彰人の生真面目さは、神名を苛立たせてしまいます。意見などいらず、ただ話を聞いてほしいだけなのに。彰人にはイラストレーターの私の気持ちなんて分からないのに、分かった気になって物申さないで。自分の泣き言は聞いてもらったことがないのにこんな風に言われる彰人は理不尽です。
でも、神名のように思ってしまうことも自分にはありました。この本を読んでいると、自分の身勝手さや醜い感情に気付き、気づいていたとしても醜い感情を抱き、相手を傷つける言動をしてしまう登場人物たちに、共感し、そんな自分に飽きれてしまうこともあります。
ただ、人はきっとそんな風に不器用だけれど、でも、すれ違いを重ねながらも、傷つき傷つけ合いながらも、自分の信念を持って、たくましく生きている登場人物たちに強さを感じ、非常に励まされます。
ハセオは、「男ともだち」という唯一無二の存在
この話には、ハセオがいかに神名にとって、神名がいかにハセオにとって、特別な存在であるか、を示す描写がたくさんできてきます。
彰人に焼肉食べたい、と言い、“内臓を汚したかった。また夜の空気をかき分けて歩きたかった”と感じる神名ですが、それは、ハセオの存在が神名にとってまた、とても大きな存在になっている証拠。ハセオはいつも神名が落ち込んだときにお腹いっぱい食べたくなることを知っていたり、のちに愛人にひどく傷つけられたときには、肉を食べに行こう、と誘ったりします。
また、どんな真面目なことだってふざけた言葉の中に含ませて伝えるハセオですが、神名がお気に入りで奮発して購入した赤い靴に唯一言及して、「赤いヒール。よく似合ってる。」と真っ直ぐに言います。
その言葉に神名はじんときてしまうのですが、私も、ああ、この人は一番に神名のことを見守っている特別な存在なんだ、と熱くなり、ました。
たくましい神名の生き方に感動する
私は、この小説は、恋愛小説でも不倫小説でもなく、男ともだちという特別な存在について語りつつも、「神名が自分の信念をもってたくましく生きる姿、変わっていく姿」を描いたものであると思います。
“やっと思い出した。好きなことを好きにできるようになるために生きているのだ。うまくいかない時でもそのイメージを失ってはいけなかった。私の武器は私だけなのだ。”
神名は不器用だけれど、すぐに泣き言を言ってしまうけれど、自分の信念に真っ直ぐで、決してそれを諦めない。どんなものだって捨てて走って、己だけを信じて、夢を掴む。そしてまた前に進む。それが本当に格好いい。
終章に現れる神名のそんな力強い内面を表した作品の描写には非常に心を打たれ、感動しました。
そして、その変化は、すがりたいものを捨ててしまっても、その分返ってくるものがあると話すハセオがきっかけで起こったことはいうまでもありません。
人々の恋愛に関する負の感情に共感し、特別な男ともだちという存在について考えさせられ、主人公の力強い生き様に勇気をもらう、魅力のいっぱい詰まった小説。ぜひ、お手に取ってみてくださいね。
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