学生時代からの友人である30過ぎの4人の男女はふとした思い付きからY島(屋久島)への3泊4日の登山旅行を思い付きます。元恋人を含む4人は、会社で責任のある立場になっていたり、結婚して子供がいたり、義父と上手くいってなかったり、奥さんと離婚を考えていたり、それぞれ10年以上の歳月が経って、当然変化はありました。しかし、社会に生きるものとして様々な仮面を使い分けて生活し、こなすべき役割を全うし、忙しない日々を送るのに精いっぱいだった彼らは、それらを取っ払って付き合うことの出来る友人たちと共に、日常の美しい謎の答えを過去から見つけ出す旅をする中で、その変化のあった10年以上の間固まっていた心のある部分と向き合うことになります。
神聖な雰囲気の漂う森、何かを語り掛けてくるような森、自らを包み込んでくるような森。沢山の森の中をひたすら歩きながら、4人は、突然消えた共通の知人、梶原憂理に関する謎を解き明かしていくと共に、それぞれが抱える己の謎について議論しつつ、過去の自分、そしてそれから地続きの現在の自分の奥底に眠っていた意識と向き合い、自分自身についての新たな発見をしていきます。自分の嫌な部分、過去のトラウマ、気づいていたけれど気づかないふりをしていた本当の気持ち。Y島の森の中という日常から遠く離れた空間にいるということと、長い付き合いの友人たちとの気の置けない会話が続くということが相まって、色々なことが明らかになっていきます。
人間が自分にとって都合がいいように記憶を改ざんしていくことがテーマの一つとして組み込まれていたり、登場人物それぞれが語り手となって真実に関するピースが少しずつ埋まっていくような書き方だったり、「麦の海に沈む果実」に登場した美少女、梶原憂理が物語のミステリー要素を各段に挙げていたり、そのシリーズに共通するダークファンタジーの独特の雰囲気が漂っていたりと、恩田陸さんの小説ならではの魅力の詰まった小説とも言える本作。旅の終わりに4人の胸に刻まれることとは何でしょうか。4人それぞれの不思議だらけの人生という森を一歩ずつ歩み、それぞれの森を愛そうと決意する描写は心に響くものがありました。皆さんもぜひお手に取ってみてください。
コメントを残す