AX|伊坂幸太郎|恐妻家の殺し屋の話。スリル満点の裏の顔。別の意味でスリル満点の表の顔(笑)。

AX

あらすじ

AXはグラスホッパー、マリアビートルに続く伊坂幸太郎さんの殺し屋シリーズです。兜は狙った獲物は逃さない一流の殺し屋なのに、家ではかなりの恐妻家。いつも妻の機嫌を伺いながらも、息子と三人で和やかで幸せな日々を送っています。そんな兜は息子が生まれた頃から殺し屋の仕事を辞めたいと思い、その引退資金を稼ぐために働き続けなければならないという泥沼にはまっていました。表では文房具メーカーの営業社員として働きながらも、物騒な仕事を続ける兜。兜に裏があることなど、家族はもちろん誰も知りません!チャーミングな兜にクスっと。スリル満点の殺し屋同士の対決にはハラハラドキドキ。ユーモア満天の傑作エンターテイメント!殺し屋兜とその家族の物語をご覧あれ。

感想

殺し屋兜、なんてチャーミング!

私は東北新幹線の中の密室空間で複数の殺し屋の思惑がぶつかり合う二時間を描く、超爽快なエンターテイメント、「マリアビートル」が大好きで、AX読んで、これより面白くなかったらどうしようなんて思ってAXを中々読めずにいました(笑)が、いざ読み始めると、とっても面白い。爆笑したり泣いたり、とても忙しかったです。

一流の殺し屋なのに恐妻家である兜のチャーミングでほほえましい胸の内にたくさん笑っちゃいました。夜遅くに帰宅するときに、妻を起こさないようにしながら食べられるベストな食べ物とは何かを真剣に考えた結果、魚肉ソーセージに行きつき、魚肉ソーセージを愛用しているエピソードとか、妻の言うことには何でもオーバーリアクションで期待に応えるところとか、庭の木にできたハチの巣を妻と息子に気付かれぬように決死の覚悟で退治するところとか、とても可愛くて面白い!(笑)

死の恐怖に直面する話

また、本作を読むことで、死について考えさせられます。常に生死の境目を生きる殺し屋だからこそ、死んでしまったらおしまい。生きることこそに意義があるんだという強い想いが感じられます。今見えている世界がすべて消えてなくなってしまう。真っ暗になってしまう。自分が死ぬと、死んでいると感じることすらできなくなってしまう。その恐怖は誰もが持っているはずであるものの、恐ろしすぎて普段は、向き合うことを避けています。もちろん、毎日そんなことに怯えていたら楽しい毎日が台無しになってしまうわけで、だから、考えなくて正解だとは思うのですが、伊坂さんの描く殺し屋の世界では、その「死」というものを真っ向から考えさせられる瞬間があるので、それもとても深い魅力であると思います。

友達ってなんだ?殺し屋が考える友情とは

友情や友達とは何なのか、ということも兜を通して深く考えてしまいます。これって誰にでも悩みの種となる普遍的テーマですよね。どんなに世の中が便利になって効率化しても、人間関係の悩みというのは尽きないものです。人と人との関わりは決して普遍的にならず、不安定であり続けるからこそ、そこに魅力があるのだとは思いますけれども。

兜は、殺し屋稼業をずっとやり続けてきたからなのか、伊坂さんが人間離れしたキャラを描きたかったからなのか、「死神の精度」に出てくる死神のように、心が温かくないわけでもなく、むしろ感性も豊かであるのだけれど、一般的な人と比べてずれているところがあって、機械的なAIのような雰囲気があります。だからこそ、普通私たちが日常生活では深く考えることがない友達という概念について非常にシンプルに、しかし、本質的に捉えて、兜なりに悩んでいるので、はっと気づかされることが多かったです。

愛妻家であり、恐妻家だよ

最終章、「FINE」の巧みな伏線回収の仕方と、殺し屋の小説とは思えぬ暖かな締めくくり方に惚れ惚れとしました。暗い闇の中を歩くように生きていた兜だったけれど、今の妻と出会うことで自分の人生に灯を見つけることができた、それが一つのエピソードから分かるラストになっています。兜は恐妻家。それは真実だけれど、兜は心の底から妻を愛しているし、妻にも妻と息子と築いた幸福な日々にもほんとに感謝しているんだな、と思いました。だからこそ、妻にはいつだって気分良くいてほしいと願って自然と尻に敷かれるようになってるんじゃないかな(笑)本当に健気で微笑ましいです。

また、妻の「やれるだけやって、それでできないならしょうがない」とか「何か楽しいことを考えたら?少しはいい顔になるかもよ」という言葉から見える妻のあっけらかんとした性格もすごくあったかくて頼りになって大好きです。きっと奥さんも素敵な人だ。

 

 

そんな「恐妻家」兜としての温かくて笑える部分とドキドキするスリル満点の殺し屋の場面が両立する本作は圧巻のエンターテイメント。心からオススメ!

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